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BLOG

お花屋さんのハートフルブログ

美と健康 をメインテーマに、日々の食生活からライフスタイルをお花屋さんのオーナーが紹介していく食育ブログ。

2千年に渡り封印された神秘の力!

田七人参(でんしちにんじん)はウコギ科の多年生植物で、日本でも良く知られている高麗人参と近い種類です。田七人参が採れるのは、世界中でも中国の雲南省の東南部から広西省の西南部のごく限られた地域で、しかも収穫まで3年から7年もの歳月をかけて育てなければなりません。中国政府が長く禁輸政策を取っていたほど、希少価値の高いもので古代中国では、田七人参のことを「金不換」(金にも換え難いもの)と呼び、幻の高貴薬・不老長寿の秘薬として有名です。

このため日本でもまだ知らない方も多いかと思います。

 

中国の薬学に関する最古の書物『神農本草経』には、薬用人参には「肝、心、脾、肺、腎の五気を養う」と書かれています。そして田七の名称が初めて登場したのが、約400年前の明の時代に編集された『本草網目』(李時珍著)です。同書には「血を止め、痛みを鎮め、毒を消す」と田七人参の薬効が具体的に記されています。

 

 

2億5千万年前
田七・人参・西洋参は、植物学上「古老植物」に類属し、第三紀古熱帯山岳地区に遺留された植物。生きた化石とも言え、中薬の中でも原始的なものです。
紀元1世紀頃
「人参」として中国初、本格的な医薬書「神農本草経」に「五臓を補う」と記載される。(心、肝、肺、腎、脾に作用し、活動を活発化。)
1555年頃
主成分に田七人参が約85%含まれる漢方薬「片仔廣」(ヘンシコウ)が璞山岩の僧侶によって作り出され、打ち身、消炎止痛に使われる。
16世紀末
薬物書「本草綱目」(李時珍:リジチン=1518-1593)に「田七人参(三七)は止血、止痛作用と共に、血液循環障害を改善する。」と記載される。
16世紀末以降
「本草綱目」の発表後、田七人参の需要が高まり、野生田七の採取が増え、明の時代(1368-1644)末期から、清の時代(1636-1912)初期にかけて、人工栽培が始まる。
1902年
中国雲南省の医師、曲煥章(キョクセキショウ)が、田七人参を主成分にした「雲南白薬」を開発。
1960年代
ベトナム戦争の際、北ベトナム軍に対して消炎解熱効果のある「田七人参」が送られ、成果を上げる。
1979年〜
戦略物資として中国政府によって厳しく管理され、輸出禁止とされたが、改革・開放政策に伴い、輸出が解禁され世界中に知られるようになる。

 

近年の研究で明らかになったパワー

近年になり、中国の開放政策により、輸出が促進され、日本に輸入されるようになり、それに伴い研究が進み、現在36の薬効が判明してきた。しかも、現段階では生薬として解明されていない点(成分メカニズム)があり、研究が進めば、さらに薬効が追加される可能性が高い、そうした潜在する未知の力が田七人参の魅力でもある。

 

根には高麗人参のはるかに上回る量のサポニン(3〜8%)が含まれており、 その他にも有機ゲルマニウム、ジンセノサイドRb1及びRg1、フラボノイドのケルセチンやダウコレステロール、ショ糖、β−シトステロール、などです。
また、現代人の一般的な食生活ではどうしても不足がちになる亜鉛、カルシウム、各種ミネラル、食物繊維なども豊富に含まれており、正に健康生活の強い味方であると言えます。

名称の由来

田七人参の名称の由来にはいろいろな説があります。
昔、中国国内の「田七」人参の集散地が広西省の田陽、田東であったことから、その地に縁のある名称とした説と、栽培年数に三年から七年を要することや、葉の茎が三つに分かれて、葉が七枚ある容姿をしていることから三椏七葉と呼ばれ、「三七」人参と名づけられた説があります。
更に、止血効果が高いことから「漆のように傷口を癒合する」ことから、山漆 (サンシツ、サンチ) と呼ばれていたという説もあります。